ハガキを投函して4日後に中村さんが慌てて電話をかけてきた。

「ああ中村ですが。こりゃあ、どういう事かね。S土木さんにはなんの関係もなかろうが。N土木さんなら話はわかるんじゃが」

「あの件ですか。あれは一人の高速道路利用者として手抜き工事された高速道路の安全性について疑問を投げかけただけですけん。そげん、なんで私にやかましゅう、言うとですな。あの件では下請けは関係なかでっしょうもん。アンタは引っ込んどいてください。その代わり治療費請求の件はご破算でよかですよ。アンタたちが昼飯も食わせんでコキ使うといて。こげな体になったら労災にしてやることもせんでくさ。作業員ば、人夫と呼んで侮蔑し、用なしになればボロ雑巾ば捨てるごとするけん。こっちも精一杯の抵抗はしますよ。手足のヒン曲がってた体ですけん、今更、命は惜しゅうはなかですけん」

心の中に鬱積していたものを一気に吐き出した。

「そう言わんでこっちの話を聞いてくださいよ。明日、福岡へ出てきます。自宅で待っていてもらえませんか。お願いしますよ」

中村さんの豹変ぶりに驚いた。あのハガキにどんな効力があるのか皆目検討もつかない。放置しておけばいいだけの話なのだと思うのだが。彼らは翌日の午前中には宮崎名物のヤマゴボウ漬けと菓子折りを持参して来た。

「あの事を公団に言うのだけは止めてください。君の要求は全部飲みます。ね、専務そうでしょう」

恥も外聞も無く中村さんが手を着いた。

「ああ、そうじゃが。しかし、現金で一括払いは無理じゃけん。178万円を毎月3万円づつ分割払いにするけん。これで収めてもらえんじゃろうか」

伊田専務もすっかり態度を変えてしまった。中村さんは私に向ってペコペコ頭を下げながら、

「うちも下請けで立場上辛いけん。お願いしますよ山下さん」

中村さんは土下座までした。

「あげな事ばしとって。あんたたちのほうが、橋脚の鉄筋ば切断するとがどげな事ば意味するかようわかっとろうもん。主筋を切っとるとですよ。地震のきたなら一発で倒れますばい」

攻守所を変えるというがまさにこのときがそうである。こっちの鼻息が荒くなってきた。

「まあ、まあ、山下さん、そげな事ば言わんとお願いしますよ。公団に言うのだけは止めてください」
中村さんはすっかりしょげている。青菜に塩をかけるというが、まさにその表現にぴったりである。
と。ここでさらにイジワルを言ってやった。

「あの件は日向建設とは関係なかですよ。オレに見舞金ば払うととは別問題でっしょが。中土木さんとオレの問題ですけん。どうして急にアンタたちがオレの治療費製急ば飲むて言うとですな。この前の裁判所での態度と全然違うやなかですな。ようわからんですたい」

「それはうちも下請けとは言え、この件が公団に知れたら仕事ができませんから」

伊田専務はさすがに畳に手を突くことまではしなかったが、気味悪いほどの愛想笑いを浮かべて私の機嫌をとってきた。

「うちの現場で働いておられた作業員さんが障害を負われたけど、克服されて結婚までされたと。社員たちに話して見習えと言うとるわあ」

しまった。こんなことなら治療費の請求金額をもっと多くしておけばよかったなあ・・・。178万円を払うと向こうが言うので受けざるを得ない。しかし、建設会社の下請けなどいつ倒産するか知れたものではない。178万円をキャッシュで、と言いたいところだが。相手にも都合というものがあるだろうから妥協案を出した。

「わかりました。現金一括の方がよかばってん。しょうんなかですたい。とりあえず70ばキャッシュでくれんですか。残りば分割にしてもらいまっしょう」

私は尊大な態度でそう告げた。そこへちょうど典子が外出から戻ってきたので、柿狩りでもいできたf富有柿をむいて客に出した。

「奥さんですか、こんにちは。山下さんとは見舞金のことで話をさせてもろうとりますけん、何も心配することはなかですよ」

なんでこんな弁解をするのかしらなかったが。別に典子にまで言う必要のないことまで、中村さんがベラベラじゃべった。よほど他人に知られたくなかったのだろう。

やがて裁判所から2度目の呼び出しがきた。担当の調停員にあれから話し合って解決できたと報告した。
調停委員は私たちを判事のいる部屋へと案内した。

「第270号調停申し立て事件は、お互いに合意ができたそうです」

正面の椅子に座っている年老いた裁判官に報告した。老判事は、

「それはよかったですね」

型どおりの受け答えをしてヨロヨロと椅子から立ち上がった。

「それでは、お手を拝借と一同を促すと自ら音頭をとって、             

「ヨーイシャンシャンシャン」

と手を打ったので全員それにならった。

これで公式の治療費請求事件は終わりだという。町内会長が隣近所の揉め事を裁いたような幹事である。裁判所というからもっと重厚な物々しいものを想像していたので拍子抜けした。