有料の法律相談所を尋ねた。相談料は30分5000円である。落ち着いた中年の男性が対応してくれた。これまでの経緯を話すと、

「やってみる価値はありますよ。この場合、訴訟を起こす相手は元請になります。結局の所、訴訟は口喧嘩ですからね。事の善悪よりは理屈の付け合いですよ。どう理屈をつけていくかですよ。理屈が全てです」

と力強い事を言う。
「それなら、先生、貴方が引き受けてくれませんか」    
                                
「残念ですが、それはできません。土木建設業界の顧問弁護士をしているもんで・・・」

なるほど、頼もしいはずだ。(先のF法律事務所は共産党系で、この先生は自民党系である事は、後から両事務所から選挙のハガキがきて知ることになる)
話し込んでいると1時間が経過していた。料金の支払いで1万円札を出したら5千円のお釣りをくれたのは不自由な体に同情してくれたのだろう。

このままではイケナイと思い、裁判の事を勉強しようと自宅に帰る途中、本屋に立ち寄って訴訟関係の本を2冊買った。じっくり目を通すと民事訴訟は本人でも出来ると書いてある。もっともこれは訴訟金額が30万円以下の場合とある。さらにページをめくると裁判にも順序があるということもわかった。

直ぐに裁判所に訴状を出せば良いというものでもないらしい。まず、当事者同士で話し合う。それでも解決しなければ調停の申し立てをする。これでも解決しない場合、訴訟という段取りになると書いてある。ふーん、そういう事なら、僕日向D建設が話し合いをしなければならない。早速中村工事部長に電話をかけ労災棄却に不満があることを伝えた。

「今更そげな事言われても。どもならんぞ。もう済んだ話じゃがね」

反論しようとしたら電話がガチャンと切れた。

                                 

自力で交渉する決心を固めた。F法律事務所への依頼を断らねばならない。どうしようかと思案していると向こうから面談日の変更を伝えてきた。これで2度目の変更だったから渡りに船である。

「じゃあ、もういいです。この件はなかったことにしてください」

これで相談料を払う必要がなくなった。これで話を振り出しに戻せた。とりあえずの費用に、と典子から借りていた20万円を返した。

「もう弁護士には頼まん。一人でボチボチやって見るけん。ダメで元々たい。何もせんよりはよかじゃろう」

「それでよかとね・・・」

それでいいと思った。着手金というのは訴訟金額の1割だという。つまり2000万円の損害賠償の訴訟を起こす場合、200万円を弁護士に払う必要がある。そして裁判に買ったら、さらに成功報酬金を支払わねばならないという。ハッキリ勝つとわかっているなら借金してでも裁判を起こせるが、勝つか負けるかわからないようなものに大金は投じられない。また、そんな金もない。

一人で交渉し、いくらかの見舞金でも手にすれば御の字だろう。悲しいかなこれが現実なのだ。否、1円たありとも手中にできないかもしれない。それでもいい、せめて自分の主張だけでもしておかないと死んでもしに切れない。弁護士を雇ってもともなさ裁判が出来るのは金持ちだけだ。貧乏人は裁判すら出来ないが世の中の仕組みなのだ。金の無い者は淘汰される。これが資本主義というものだろう。弱い者は強い者に踏み見つけられるだけ。そんなのは嫌だ。負けるにしても精一杯抗いたい。

当時の勤務表をわかりやすい表にした。いかに労働内容が過酷だったかを訴える書面も作った。連日ワープロ専用機にへばりついて資料作りに没頭した。熱中しすぎて肩がこり首が回らなくなってしまった。マッサージに行ったら15分で3000円、初診料1000円、合計4000円も取られた。
                               

資料つくりは手書きだと、とうてい僕のような無学な者にはできなかった。ワープロがあればこその作業である。次のような書面を添えて資料と一緒に送付した。

「こんな勤務状態ですから、当方に高血圧症の持病が見当たらない限り、脳出血の原因は過重労働によるストレスであることは明らかであります。当方受傷の原因が、貴社の労働基準法違反に起因する以上、貴社及び元請負人である株式会社中竹土木は私(山下留蔵)に対して治療費ならびに遺失利益に対する損害賠償の支払いに応じる義務が発生したといえます。つきましては貴社に対して治療費と見舞金合計178万円を請求するものであります。

株式会社日向建設殿
                                1988年10月1日 山下 留蔵」