福岡法務局へ出かけ、日向建設の登記抄本を取得した。資格証明書として申立書に付けなければならない。抄本には建設役員の名前が載っている。中村さんも取締役部長として列記されている。ついでだから登記謄本も取得した。こちらには取締役社長の住所氏名、株式の発行高、事業内容まで書いてある。1通に400円の印紙を貼らねばならない。せっかくなので中竹土木の謄本と抄本も取得した。

          

請求書類を送付して数日後に中村さんから電話が入った。

「この話はもう済んでいる。君の言うことはおかしい。社員でもないのに社会保険まで作ってやったじゃないか。十分誠意は尽くしている。体がそんな風になってひがみ根性が強くなったんじゃないか」

社会保険については向こうの好意だと思っていたがそうではなかった。僕は作業員なのに社員と同じ現場監督をやらされていた。正社員でなくても長時間働けば社会保険加入の資格を有すると裁判所の判断がある。、1日か1週間の労働時間と月当りの労働日数が、正社員の4/3以上が基準となるため「4/3ルール」と呼ばれている。

社会保険を作業員にまで加入させれば、会社が保険金の半額を負担せねばならないので放置している。会社勤めをしながら国民保険に加入するというおかしな具合だが、労働者は無知ゆえどうしていいのかわからないでいる。

労災申請を蹴られたとき、異議申し立てをしなかったことが、返す返すも悔やまれる。自分の無知さかげんが悔しくてならない。労災の件は後の祭りだ。これは諦めるしかあるまい。その代わり、D建設から治療費の一部でもとってやらねば頭に血が上って夜も眠れない。作業員を人夫と蔑称するD建設の社風にも反発を感じる。人夫だってこんなものぐらい操作できるぞと、移動式クレーンの免許も自力で取得した。

トラッククレーンでの資材運搬もやらされた。もちろん、スコップ取りや足場の組み立て、重量鳶の仕事までやらされた。元気で働いているときは良い顔をして仕事が原因で怪我や病気になると、放り出されたのではたまったもんじゃない。理不尽な扱いを受ければ誰だって反発したくなる。

           

何回も書面と電話で交渉に当ったが相手にしてもらえない。これで裁判所に調停の申し立てをする条件がすべて整った。裁判や調停をする場合、取り扱うのは被告人の住所を管轄する裁判所か、もしくは事件のあった場所を管轄する裁判所となる。D建設には福岡支店があるので、福岡簡易裁判所に調停の申し立てをすることにした。

福岡簡易裁判所を尋ねた。窓口で調停の申し立てをしたいがどうすればよいかを尋ねた。窓口で渡された用紙に書き込もうとするが、左手で紙を押さえられないので書けない。それに字を知らないので、ひらがなばかりで書いていたら、窓口の人が見かねて言った。
「地下に行って専門の人に書いてもらったらどうですか」
「そういう人がおられるのですか」

教えられた道順に従って階段を下りた。薄暗い地下の広場には小さな机をひとつ持ち、客待ち顔の初老の男たちが並んでいる。机の前後には競艇場の予想屋のように張り紙がしてある。これを見て司法書士、つまり代書人だとわかった。近くにいた白髪交じりの男が声をかけてきた。

「どうぞ座りませんか」

机の前の椅子に座ると事の次第を話した。これまでの経緯をワープロ用紙2枚にまとめたものを代書人に見せた。代書人は手にとって読みはじめた。数分で内容を理解したらしく、
          
  「アンタはなかなか利口じゃね、法律は労働者を保護することを前提としているから、良く勉強して頑張ればうまくいくかもしれない。治療費請求の申立書を作ればよかとじゃね」

「そうですか、なーんも知らんですけん、宜しくおねがいします。ところで費用はいくらぐらいかかりますか?」

「印紙代が8500円と代書料が28・000円」

「うわあ、そげん高かとですか。30・000円しか持ち合わせのなかですけん、また、出直しますたい」

帰ろうと踵を返すと、
「ちょっとまたんね。アンタも障害者になって大変じゃろうし、こげん頑張りよるんしゃるけん、よかたい、全部で30・000円に負けとくたい」

「そげんですか、どうもすんまっしぇん」

表紙付きの立派な治療費請求の申し立て書が出来たので裁判所に提出した。